ハーフが会社に就職してみた_第1話_大学編

ハーフが「カイシャ」に入る前の話。ドイツハーフが海外に興味をもってみた。

ハーフが欧州に興味を持ってみた

 

 

コダモンです。

 

 

ハーフであるコダモンが、日本で日系大手のカイシャに就職してみた話。

 

 

全21話にわたって、お送りします。

 

 

まずはちょっと回り道。大学編です。

 

 

第1話:〜大学編〜 ハーフがドイツの大学へ行くと決めてみた。

 


 

 

わたくしコダモン。

 

 

生まれと育ちは日本です

 

 

ドイツと日本のハーフ。

 

 

ハーフにもいろいろな種類がありますが、義務教育を日本で受けたこともあり、基本的には『日本寄り』のハーフです。簡単に言えば、最近テレビでも露出が多いハーフタレント達と似たようなタイプ。

 

 

見た目がちょっと日本人離れしていて、でも日本語が母国語で…。日本の文化・教育・風土で育った、半分日本人。

 

 

テレビのお笑い番組とかも普通に見るし、笑いのツボもおそらく日本的。

 

 

もうひとつの母国は「ドイツ」

 

 

いわゆる白人とのハーフだけど、自分の場合は髪の毛の色は黒で、肌も黄色人種寄りです。顔面以外は、ほぼアジア圏の風貌で出来上がっています。でも、夏に日焼けすると肌が赤くなってイタイので、その辺に白人の血をちょっと感じるくらい。

 

 

ちなみに、ドイツではよくトルコ人に間違われます(笑)

 

 

顔面は完全に外国人のソレ…。

 

 

そんな欧州とのハーフとして、高校生まで日本の田舎で暮らしていました。

 

 

生まれてから高校までは、基本的にずーっと日本。

 

 

育った場所は……。

 

 

周りが自然だらけの超ド田舎

 

 

関東圏なのですが、マジでかなりの田舎に住んでいました。

 

 

都内へ出る時は、電車にガタンゴトン揺られながら1時間以上かけます。

 

 

周りは自然ばっかりの、都会から離れた緑豊かな環境。夕方の5時になると、人々を家路につかせる昔ながらのチャイムが町中にのんびりと鳴り響くような…そんなところ。

 

 

夏になると、クワガタとかカブトムシがその辺で普通に採れる。冬になると、雪の積もり方がヤバくてちょっとした隔離状態になる。(危ない) 

 

 

そんな、基本的にはのんびりとした『ザ・田舎』で育ちました。

 

 

家の近所にコンビニなんて、もちろんありません。1番近いコンビニまで…歩いたら30分以上はかかってたかな?

 

 

そんなド田舎でも、何不自由なく暮らせていました。

 

 

子供の頃は、もちろんスマホなんて無かった時代ですので…。山も川も、自然は友達みたいなもの。常に緑に囲まれながら、夏はサワガニを捕まえたり、冬は雪合戦をしたり。友達と探検ごっこしたり、秘密基地を作ったり……。

 

 

ハーフだけど、日本の田舎暮らしの普通の子供。

 

 

育った環境は"一般的"でした

 

 

通っていた学校も、インターナショナルスクールなどでは無く、ごく普通の地元の学校。放課後になる前に「そうじの時間」があるような、田舎の市立~県立の学校です。

 

 

そんな、『超』がつくほど典型的な日本の田舎で育ったハーフ。

    

 

もう一つの母国であるドイツへ帰省するのも、多くて年に1回程度。そのため、高校卒業までは日本人と全く同じメンタリティーで過ごしていました。

 

 

そう、ある一部分だけを除いては……。

 

 


「ハーフ」が海外に目を向けさせた

 

 

生まれも育ちも日本だけど、他のみんなと自分は、ちょっと違う。

 

 

周りと違っていた部分は、他でもない…。

 

 

自分は「ハーフ」だという事実

 

 

ハーフであるが故に、幼少期には本当にいろいろな経験をしました。

 

 

生まれ育ったのは何しろ日本のド田舎です。

 

 

なんとなく想像がつくかと思いますが……。

 

 

同学年はおろか、学校内でもハーフは自分一人。 ハーフという人種が存在する事自体珍しい環境ですし、そもそも時代的にハーフがまだまだ認知されていなかったです。

 

 

もうかれこれ20年ほど昔の話。

 

 

そのため、当時は町単位で見渡しても外国人すらほぼ皆無でした。

 

 

どこへ行っても、おとなしくしていても、ハーフである自分は常に目立つ存在。見た目が完全に外国人なため、当時は何をするにも、どこへ行っても『外国人扱い』されました。

 

 

なにせ、初対面の人は…。

 

 

「…この人日本語しゃべれんの !?」

 

 

という反応になります(笑)

 

 

見た目は完全に外国人。だけど、中身は日本人。

 

 

そのため、学校における同学年や先輩などの反応も、様々です。

 

 

ジロジロ見られたり。

 

 

とりあえず避けられたり。

 

 

なんとなく「特別扱い」があったり。

 

 

そんな環境でイジメに近いことなんてたくさんあったし、集団行動が基本である日本の学校という世界の中で、ドイツハーフは常に浮いた存在でした。

 

 

でも同時に、今でも親友と呼べる友達、仲間がたくさんできた。

 

 

良い経験も、ネガティブな経験もたくさんした幼少期~青年期。

 

 

ハーフであるということは、当時のコダモンに様々な恩恵と試練をもたらしました。

 

(あわせて読みたい)

 

 

そんな中、自分の強みとなる能力がだんだんと開花します。

 

 

それは……。

 

 

「インターナショナルコミュニケーション」のスキル

 

 

グローバル人材になるためのスキルです。

 

 

日本の常識のみに捉われず、ドイツ人の観点からも物事を考え、行動できること。語学を駆使し、異文化の壁を超えたコミュニケーションができること。

 

 

ハーフである自分には、周りとは違う能力が自然と身についていたのです。

 

 

何しろ、家庭の中が常に『半分海外』だったので…。日々の生活の中で、自然と身につきました。ハーフの特権ですね。

 

 

家での会話も、日本語とドイツ語が交じり合うような環境。

 

 

コトバだけで無く、もうひとつの国の文化習慣礼儀作法にいたるまで…。

 

 

「何でもダブル」な家庭環境で育ったハーフ

 

 

そのため、日本にいながらにして「海外」が常に身近にありました。

 

 

家を一歩出ればそこはもちろん日本。でも同時に、家庭内という小さな世界には、常に「もうひとつの国」が存在していたのです。

 

 

この環境が、「海外」へ目を向けるキッカケになります……。

 

 


自然な流れだった大学での渡欧

     

 

高校卒業が近づく頃には、自分の進路を決める必要がありました。

 

 

「これからできる事は無限大」と思えた、高校卒業間際。未来予想図をどう描くかも、自分の自由です。学校という枠を飛び出して、何にでもチャレンジできるタイミング。

 

 

当時は、全ての選択肢がオープンでドキドキワクワクでした。

 

 

これは誰でも同じ感覚だと思います。日本で大学に進学する人も、自分の住み慣れた街を出て行く人も多いだろうし。大学進学は、何よりも「都会」に出るキッカケになります。(田舎者にとっては)

 

 

どこの大学に行こうか。

 

 

何をしようか。

 

 

どこの国へ行こうか……?

 

 

日本で普通に進学することがつまらなく感じられた当時の自分にとっては、日本を出る選択肢は十分考えられました。

 

 

「何かやるからには、普通と違う事がしたい!」

 

 

どうせこれまで、ハーフということもあり「普通のようで普通でない」人生だったのです。

 

 

そこで、まずは「ハーフであるという利点」を最大限に活かそう考えました。

 

 

当時はまだ高校卒業間近の、17〜18歳のひよっこでしたが……。

 

 

それでも、

 

 

グローバルに活躍したい

 

 

そういう思いがあったのです。

 

 

 

家庭の中で知った、異文化が学べることの楽しさ

 

 

 

多言語でコミュニケーションできるという自分の強み

 

 

 

これらをなんとか『将来の自分の仕事』にしたいと考えはじめ、海外へ行くことを決意しました。

 

 

そして、まずは…。

 

 

ドイツの大学へ進学

 

 

ドイツ語がしゃべれるし、自分はドイツにも行ったことあるし。両親のサポートも手伝い、ドイツの大学へ行く事を決めました。

 

 

高校の進路相談で「ドイツに行く」と告げると、当時はすごくビックリされたのを覚えています。まぁ仕方ない…何しろ田舎の高校です。生徒が海外の大学へ進学するなんて、前代未聞の事態 (笑)

 

 

先生からは…。

 

 

「お前なら日本で良い大学にも行けるぞ ?」

 

 

「ドイツの大学行ったら1からのスタートで苦労するぞ?」

 

 

などと言われて、しきりに不安視されました。

 

 

こぞって心配してくれたのは有り難かったのだけど、そういう助言をしてくれる先生達も結局は自分で海外の大学に通った経験がない人達なので、同時はあまり相手にしませんでした。

 

 

コダモンは偏差値も別段高くは無かったですが、おそらく中ランクくらいの日本の大学に進学できていた。それでも、日本の大学への進学は当時まったく考えていなかったです。

 

 

大学を卒業して…

 

 

新卒で就職活動して…

 

 

大手の良いカイシャに入って…。

 

 

そのような『先の見えた将来』や典型的な進路にはさらさら興味が無かったのです。

 

 

周りの同級生と一緒に大学受験へ向けた勉強を形だけしつつ、コダモンの気持ちは完全ドイツに向いていました。

 

 

……。

 

 

幼少期を田舎で過ごしたハーフの周りには、気がついたら多くの仲間たちがいました。

 

 

高校から一緒のクラスになり、気の合った仲間たち

 

 

小学校から12年以上も一緒に連れ添った、親友たち

 

 

幼稚園から隣近所だった、唯一無二の幼馴染たち

 

 

みんなとは、ここでお別れです。

 

 

ハーフという自分だけが選択した、周りとは違う進路。あとは、自分を信じて、将来の自分像を描きながら進むだけ。

 

 

自分が向かう先はドイツの大学

 

 

ここから、コダモンのストーリーが始まります……。