「周りのみんなと違う」集団意識と日本のハーフ

日本の学校もカイシャも基本的には集団行動。見た目が「周りと違う」ハーフは完全に浮くけど、良いこともたくさんあるよ?

「周りとは違う」でポジティブになる

 

 

コダモンです。

 

 

日本生まれ日本育ちの、いわゆるハーフです。

 

 

片親がドイツ人で、日本語とドイツ語が母語。

 

 

そんなハーフが、「ハーフのことをもっと知ってもらいたい!」ということで、このブログの中でも時々「ハーフあるある」を綴っています。

 

(合わせて読みたい)

 

 

幼稚園から義務教育まで。さらには、高校生を卒業するまでを、ガッツリと日本で過ごしてきた、わたくしコダモン。自称「グローバルなハーフ」ですが、18歳までは普通に「日本人」をしていました。

 

 

見た目は完全に「外国人」だけど、自分が日々過ごしている中での感覚としては、周りの子供達と何も変わらない。

 

 

駄菓子屋に寄ったらテンションが上がったし、近所の家でピンポンダッシュして怒られたりもした。

 

 

冬は雪合戦とかかまくら作ったし、夏はカブトムシとかサワガニを捕まえて遊んでいた。いわゆる、どこにでもいる田舎の子供。

 

 

しかし、町中を歩いていると、ふと周りの視線が気になる…。

 

 

そういう時に、露骨に「あっ、自分はハーフなのだ」と気づかされたりするのです。中学高校になって、学生服を身にまとって真面目に登下校する「外国人」は、常に珍しがられました。

 

 

学校内でも、それは同じ。

 

 

おとなしくしていても。

 

 

友達と廊下で立ち話をしていても。

 

 

部活動をしていても。

 

 

どうあがいても、ハーフは目立ってしまうのです。

 

 

学校という集団行動を美徳とする環境で、見た目からして周りとまったく違うハーフたち。

 

 

先輩からはすぐに目をつけられるし、ハーフを笑いのネタにしようとする奴は尽きない。友達もたくさんいるけど、それと同じくらい「ハーフを特別扱い」しようとする人がいる。

 

 

集団行動が美徳である組織体制の中で、「コイツだけ他と違う」という事が、単純にイジリやすいのです。そして、それは先生達も然り。

 

 

行進の練習とか、頭髪検査とか、服装検査とか…。どの集団行動と校則においても、「周りに合わせること」が良しとされる日本の学校。ハーフにとって、その学びの場は必ずしも居心地の良い場所とは限らないのです。

 

 

しかも…。コダモンが育った環境は、日本のド田舎。

 

 

日本生まれで日本育ちだけど、自分はどこへ行っても「外国人」でした。生まれ育った小さな町の中ではちょっとした有名人だったけど、そこから一歩外へ出れば、自分は「周りと違う人」。

 

 

そんなドイツハーフは、大学からドイツへ単身移住。

 

 

そこから、運が良いことにたくさんの「海外」を経験した。

 

 

けれど…。大学卒業と同時に、何を血迷ったか日本のカイシャに就職しました。

 

 

日系の一部上場企業に就職してみた、ドイツハーフ。カイシャでサラリーマンをしている時も、ハーフであるがために、まぁけっこう苦労しました。(詳細はブログにて)

 

 

何はともあれ、学生の時も、社会人になった時も、「ハーフ」である自分は、良くも悪くも常に注目の的でした。

 

 

ただ…。

 

 

大人になるにつれて、「自分はハーフである」という事に対する気持ちが、ちょっとずつ変わっていったのです。

 

 

大人になっても、ハーフであることに変わりはない。

 

 

それは当然なのですが…。

 

 

社会人になってカイシャ生活をしてみたら、子供の頃や学生の頃とはちょっと違う体験が待っていました。

 

 

そして…。それがけっこう良かったよ?

 

 

「周りと違うこと」は実は良いコト

 

 

ハーフたちは、日本で暮らす中で、誰しも悲喜こもごもな経験をしています。

 

 

「カワイイ!」「カッコいい!」などと、もてはやされることもあれば…。

 

 

その見た目が「周りと違う」だけで、イジメの対象になる子もたくさんいる。

 

 

肌の色や頭髪、顔立ちや身長など。アジア圏以外のハーフたちは、外見にもれなくその特徴が出ます。そして、それが学校などの集団行動の場で、からかいの対象になる。

 

 

生まれ持ったモノを「否定」されてしまうわけですね。

 

 

そして、周りはというと…。どこを見渡しても逆に自分と違う「普通の人」ばかり。幼くして辛い思いをする子もいるでしょう。

 

 

でも…。

 

 

周りと違うことって良いコトなんですよ!

 

 

これを、声を大にして言いたい。

 

 

子供の頃は、なんとも理解することすら難しいけれど…。「ハーフであること」って、実は良いコトだらけです(笑)

 

 

それが日本の集団社会の中では、見つけづらいだけ。

 

 

自分がハーフであるがために「周りと違う」こと。

 

 

それは、日本では特に顕著なガラパゴスな現象です。

 

 

そして同時に、ハーフ達の生活をエキサイティングなものにします。

 

 

海外では、ハーフ(というかダブルorミックス≪混血≫)であるということは、何ら特別な事ではありません。

 

 

実際、大学に通うためにドイツに行ったら、それまで「外国人」だったコダモンは、誰からも見向きもされなくなりました。

 

 

なぜなら、ドイツはいろいろな人種が暮らしている多民族国家だから。

 

 

ドイツ国籍をもたない「外国人」もたくさん暮らしているし、日本でいうところの「ハーフ」のような人間は、その数すら把握できないほど浸透しています。

 

 

ドイツではハーフが存在して当たり前なのです。

 

 

そのため…。日本のように、いちいち「ハーフであること」に対する反応がありません。

 

 

町中でも。

 

 

学校でも。

 

 

オフィスでも。

 

 

ドイツには、ハーフたちが当然のように存在します。逆にアジア人のほうが目立つくらい。

 

 

そして、その対極にいるのが日本。

 

 

ハーフがまだまだ珍しい存在な日本では、常に「周りと違う」という反応がつきまといます。

 

 

本人は意識していなくても…。

 

 

「英語が得意なんでしょう?」

 

 

「両親のどちらが外国人なの?」

 

 

「お父さんとお母さんはどうやって知り合ったの?」

 

 

このような質問が、日本ではすぐに飛んできます。

 

 

 

それが、他人のプライベートに土足で上がってくる失礼な質問とも知らずに(笑)

 

 

まぁ、その意識すらないのでしょうが…。

 

 

いわゆる"純日本人"の人の両親が、「何県出身か?」「両親の馴れ初めは?」とか、普通聞きませんよね??

 

 

それと同じです。なぜハーフだけそんな質問をされなきゃいけないの…。

 

 

…ということで、何が言いたいのかというと…。

 

 

日本ではまだまだハーフは珍しい存在!

 

 

ということ。

 

 

だったら、それを逆手に取ってしまおうじゃないか!

 

 

「周りと違う」ことは武器になる!

 

 

「周りと違うこと」は、日本に住むハーフ達にとっては洗礼となるケースが多いです。

 

 

前述のように…。

 

 

外国人扱いされたり

 

 

ぶしつけに失礼な質問をされたり

 

 

ハーフとして生きていく中で、避けては通れない関門がけっこうある。

 

 

コダモンも、日本のド田舎の社会と学校生活を送ってきたので…。日本にいるハーフたちの中でも、こと「周りから受ける洗礼」に関しては、叩き上げの部類に入ると思います。

 

 

酸いも甘いも。一通り経験してきました。

 

 

それでも…。高校卒業後からたくさん海外を経験し、日本へ凱旋帰国。

 

 

その後は日本で日系のカイシャに、どっぷりと4年半勤めてみた。

 

 

それらを踏まえて言えることは…。

 

 

「周りと違う」が「強さ」をもたらしてくれる!

 

 

ということ。

 

 

その考えのベースになっているのは、他でもない「海外経験」です。

 

 

ドイツで暮らしている時に、集団行動がナンセンスな社会を経験しました。

 

 

他人と同じ行動をしていても、それがまったく評価につながらない。むしろ、「他人と違うこと」を率先して行うことが良しとされる社会です。

 

 

そう…。ドイツ人は、「その他大勢」を嫌います。

 

 

個性の無いこと

 

 

自分のアイデアや意見を持っていないこと

 

 

これらは、ドイツで生きて行く中で致命的です。

 

 

「個」のスキルが問われる欧米諸国では、「チームワーク」は評価されても、「集団行動」をすることは、まったく評価に値しません。

 

 

大学の講義で率先して意見ができる学生や、自らの努力とリサーチをもって、企業でインターンシップを勝ち取れる様な学生などが、評価される。ただ単に大学を卒業しただけの学生は、就職が難しくなります。

 

 

そして、それは「社会人」になっても同じ。企業面接で勝ち取る契約内容は、最初から人それぞれ。新卒一括採用など存在しないドイツでは、優秀な学生ほど、自動的に高給取りになる。

 

 

そのような「個人戦」の厳しい社会ですので…。

 

 

「周りに合わせていたら置いていかれる」のです。

 

 

他人に合わせて行動していたら、すぐにそのまま埋もれてしまいます。

 

 

他人との差別化につながるスキルや特技。または「個性」などがないと、つまらない人間だと思われることもしばしば。

 

 

そして、自分から行動を起こしていかないと、誰もかまってくれない。橋にも棒にもかからないとは、まさにこのことです。

 

 

…。このような環境に身を置いてきた、わたくしコダモン…。

 

 

「他人と違うこと」は「良いコト」なのだ!

 

 

これをドイツで、実体験を通して、学びました。

 

 

日本では、「集団行動が美徳だ!」という環境の中で、肩身の狭い思いもした。田舎のドイツハーフは目立つし、何度も外国人扱いとかされました。

 

 

反面ドイツでは、町を歩いているだけでジロジロ見られることもないですし、自分のルーツが日本で「日本語が母国語」だという事実は、スキルとしての高評価につながりました。

 

 

見た目で人を判断しないドイツ人。

 

 

このような環境で生活していく中で…。

 

 

「自分は他とは違うのだ」という考えを、ポジティブなものにしてくれた。

 

 

母国語が2つあること

 

 

外見がほぼ外国人であること

 

 

そのどれをも自分の強みにしよう!」と考えられるようになったのです。

 

 

そして、それは後のビジネスライフでしっかり実を結びました。

 

 

日本的な考え方もできるし、グローバルコミュニケーションもできる。さらには、ドイツ視点でものごとを捉えることができる。

 

 

自分で言うのもおこがましいですが…。

 

 

グローバルビジネスパーソンの肩書きができたのです。

 

 

そして、自分のスキルはマジで役に立った。

 

 

ドイツ語が母国語の人材が欲しかった大きなカイシャにすんなり就職できたし、その後の転職では、ドイツ企業が「日本語スキル」を欲していた。まさに、日本育ちのドイツハーフならではの恩恵でした。

 

 

ハーフとしての自分と語学スキル。

 

 

そこに、「日本社会」と「ドイツ社会」を両方経験しているというバックグランウドが加わることで、完全に他人との差別化が可能になった。

 

 

ドイツハーフは、どこへ行っても重宝されたのです。

 

 

 

…。

 

 

 

ハーフとしての経験は、決して楽しいことばかりではありませんでした。

 

 

日本で過ごした期間、特に青年期などは、そもそも多感な時期なのに…。ただ単に「ハーフである」というだけで、身に覚えのない誹謗中傷を受けたりもしました。

 

 

でも、そのような苦い経験ですらも、後から思い返せば大事だった。

 

 

その都度自分のルーツを自覚し、「自分は違うんだ」という事を、見つめなおしながら頑張れたからです。

 

 

そして、頑張った先には…。

 

 

2ヶ国語を母語とする語学スキル

 

 

グローバルコミュニケーションのスキル

 

 

そのような長所をもって…。どの企業、どのビジネスの場でも、相手に与える第一印象が強烈になるという恩恵が待っていました。

 

 

「自分が周りと違うこと」が、自分の唯一無二の武器になった。

 

 

…うん。日本では浮いちゃうこともあるけど…。「ハーフ」をやってて良かった!

 

 

 

コダモン