· 

「地毛証明書」で時代を逆行する日本

「黒髪・直毛」が日本では『普通』?? 生まれ持った容姿を証明する必要はそもそも無いし、時代遅れも甚だしい。


髪の色も肌の色も「口出し無用」

 

 

コダモンです。

 

  

突然ですが、『地毛証明書』というモノをみなさんはご存知ですか? 

 

 

最近ハーフ達の間でもかなり話題になったテーマです。

 

  

ドイツ在住のコダモンは、あまり聞いた事がなかったワードなのでさっそくネットで検索……。

 

 

すると、どあるニュースサイトにその実態を報じる記事が掲載されていました。

 

 

そのタイトルがコレ:

 

  

「『地毛証明書』問題で暴かれたニッポンの本性 」

  

 

かなり攻めた題名…! なんかワクワクします。

 

  

ちなみに、執筆されたのは日独ハーフの方。コダモンとまったく同じ組み合わせのハーフです。

  

 

もうこの時点で、ウキウキしながら読み始めました。

 

 

そして…。読み終えると、そのタイトル通り、日本のちょっとしたを垣間見れたコンテンツでした。

 

 

コダモンが学生だった10数年からまったく進歩していない日本の現状に、ちょっとガッカリ。

 

 


そもそも何が基準で「地毛証明」なのよ?

 

 

まず、件の「地毛証明書」に関して。記事の抜粋です:

 

 

「先日、朝日新聞が全日制都立高校の約6割で、入学時に「地毛証明書」を提出させていることを報じ、話題を呼びました。髪の毛を染めたりパーマをかけているのか、生まれつきなのかを見分けるため、『疑わしい』生徒に証明書を提出させ、一部では証拠として幼児期の写真を併せて提出させる例もあるとのこと。」 

(出典: http://toyokeizai.net/articles/-/172247「地毛証明書」で暴かれたニッポンの本性, 2017年5月19日時点)

 

 

要するに…。

 

 

「生徒たちが髪を染めていないか?」「パーマをあてていないか??」

 

 

これらの疑いを、生活指導の観点から調査するため。そして、そのような容姿に相当する生徒あるいは疑わしいと思われる生徒達は…。「自分は『生まれつき』この髪です!」という証拠を示して承諾を得る必要がある。

 

 

そのための『証明書』ということですね。

 

 

うーん…。

 

 

 

「疑わしい」って何だ? (笑)

 

 

 

髪の毛が金髪だったら、生活指導。

 

 

パーマがかかっていたら、生活指導。

 

 

校則で禁止されている『地毛をいじる行為』が指導の対象になるのはわかります。

 

 

でも、その生徒のルーツが海外にあり、血筋の関係で金髪な可能性もある。同じように、元来癖っ毛の生徒もたくさんいる。

 

 

それらを『証明』するための申請書らしいのだが……。

 

 

コレって、今のご時世は完全にアウトですよね。

 

 

 

だって『黒髪・直毛』が『普通』じゃないですから

 

 

 

そもそも普通の髪型って何だろうか。

 

 

学校の先生たちが基準にしている髪型とは?

 

 

まさか「日本人」を基準にしてる…なんて話はあるわけないし。

 

 

「黒髪・直毛のアジア人」なんて腐るほどいるわけですしね

 

 

地毛が黒髪・直毛である子供以外は、「容姿を申請する」必要がある…?

 

 

 

それが生まれ持った容姿であっても?

 

 

 

……。

 

 

このように、記事の中では、今の日本でいかに時代錯誤な事が行われているかが、惜しみなくハイライトされています。

 

 

グローバル化が進む昨今の日本社会では、外国人旅行客の数も、毎年のように過去最高を更新している状況です。

 

 

ハーフの数もどんどん増えている。今まさに、日本はグローバル社会の中身入りを果たそうとしています。

 

 

それなのに……。

 

 

その流れのまったく逆を行くかのような、教育の現場。

 

 

記事の中でも…。

    

 

『黒髪・直毛』以外はヘンと言っているのと同じ

  

  

このように指摘しています。すごく分かりやすいし、共感できる。

 

 

生徒達の『地毛』の基準が『黒髪・直毛』だなんて、いったい何時の時代を生きているんでしょうかね。

 

 


差別の意識がない日本社会と教育現場

 

 

記事の中では、さらに突っ込んだ指摘をします。

 

 

そもそも……。自分の生まれもって得た容姿を「申請」するところに差別が感じられるとも言っているのです。

 

 

うん。ごもっとも。

 

 

しかし…。この文章を読んでピンとくる人は、どれくらいいるのでしょうか。

 

 

そうなんです。この「地毛証明書」は……。

 

 

海外だったら立派な「差別」

 

 

こういった解釈につながる人は、日本にはあまり多くなさそうです。

 

 

海外経験の長いドイツハーフの立場から意見させてもらうと、「地毛証明書」の存在は立派な差別です。ドイツの学校事情と海外で想定される反応は、記事の中で細かく記載されているので、ここでは割愛しますが。

 

 

もう少し分かり易くするために、この「地毛証明書」の存在を、別の角度から見てみましょう。

 

 

まず、今回の騒動の問題点。

 

 

それは、集団行動の中で埋もれてしまう「意識」にもあります。

 

 

要するに…。

 

  

大昔は、いわゆる「純日本人」しか存在しない時代があった。

 

 

そして、その頃は「黒髪・直毛」以外の人は皆無だった。

 

 

まぁ、維新以降から戦時にかけてとか、その辺の話ですかね。

 

 

当時は在留外国人などは本当に少数でしたので……。そこにはいわゆる「アジア系」の見た目な生徒しかいなかった。

 

 

その名残が、とある『基準』としていまだに日本に存在しています。

 

 

そしてもう一つ、学校の根幹をなす集団行動。

 

 

「周りに合わせること が美徳」という考えが集団行動によって生まれます。

 

 

日本の学校では、何をするにも集団行動が求められましたよね。

 

 

そのため、周りと同じ髪型以外は生活指導の対象になった。

 

 

髪を染めるな。パーマをあてるな。髪型を奇抜なものにするな…と。

 

 

出る杭は打たれるようになり、「周りに合わせるための基準」ができあがります。

 

 

集団意識の中で例外を認めない、そのスタンスが生徒たちの個性であるはずの『容姿』にまでおよぶのです。

 

 

最終的に、これらの何が1番の問題かと言うと…。

 

 

 

そんなモノを今のグローバルな世界で未だに「基準」としていること

 

  

 

これが問題なんです。

 

 

「純日本人」という言い方を先程しましたが、この定義すら、今のご時世では存在しているようで存在しないもの。

 

 

海外とのハーフで日本国籍の人は、もう今の日本社会にはいくらでも存在します。

 

 

「金髪で外国人な容姿」でも、日本人。

 

 

「黒髪・直毛」のアジアのハーフでも、日本人。

 

 

それなのに…。

 

 

「証明書を提出させる」という形で生徒の間で差別化するところに、今回のテーマの違和感があるのです。

 

 


生まれ持った容姿は「申請」するものではない

 

 

「生まれつき髪の色が明るかったり、天然パーマの場合に申請が必要ということは、言外に『黒髪で直毛であること』を普通だと決め付け、当事者に『なぜ大多数の人間と容姿が同じではないのか』という容姿に関するエクスキューズを求めているのと同じこと。個人の生まれたままの姿を明らかに否定しているともいえます。」(原文ママ) 

  

 

個人の生まれたままの姿。

 

 

それはまさしく個人の「権利」のひとつです。「人権」ですね。

 

 

今回の問題では、まさにそれを「侵害」していると言えます。

 

 

ちなみに、わたくしコダモン。日本育ちのドイツハーフで、外見は完全に外国人です。髪の毛は、ちょっとパーマがかかった黒色。

 

 

生まれ育ったのは日本のド田舎。通った学校は、地元の私立~県立の学校です。

 

 

あれは忘れもしない、高校入学時。

 

 

入学と同時にさっそくお呼び出しがかかり……。

 

 

 

生活指導の対象になった

 

 

 

完全に見た目が外国人なのに…「その髪は地毛か??」…と。

 

 

そして、「地毛です」と口頭で申請する儀式のようなモノを経験しました。

 

 

証明書の提出こそ無かったものの、地毛だと学校側に申請する過程を、実際に経験しているのです。

 

 

髪の毛を染める事を禁止している学校があり、それを検査するのはわかります。

 

 

当時は、いわゆる「不良」がおり、みんな茶髪に染めたりしていた。そして、規律を重んじる学校側が、そんな輩を牽制したいのもわかります。

 

  

ですが……。

 

 

海外からの移民、ひいては「外国人」の子供やハーフがさらに増えていくこれからの日本において、です。

 

  

 

「個」を否定するような「地毛申請書」は海外に笑われます

 

  

  

たかが「地毛申請書」、されど「地毛申請書」。

  

  

昔ながらの慣例や学校という組織の中での様々な決まりがあるのでしょうが、コレは完全に「個人的問題」。 差別というテーマもはらむ、非常に繊細な問題です。

 

 

容姿が『日本的ではない』生徒たちは、これからどんどん増えることでしょう。

 

 

その中で、大昔からの慣行に則ってしか指導できない、日本の教育現場が心配です。

 

  

日本ならではの集団行動の意識が垣間見えた、この「地毛証明書」というテーマ。

 

 

ちなみにですが…。日本のカイシャにも同じ世界の縮図がありました。

 

 

「ウチの決まりだから」

 

 

「みんなコレやってるから」

 

 

そんな訳のわからない理由で行う社内の雑務がたくさんある。その業務の意味を問う以前に、『周りがみんなやっているから』という理由だけで仕事が増える。超非効率の先端を行く、日本のカイシャの働き方です。

 

 

学校で学ぶ集団行動の美徳を、社会人になってからもしっかりと実践させるシステムが出来上がっています。

 

  

一見グローバル化の波にのっているように見える日本社会ですが、まだまだ課題は山積みです。

 

 

『グローバルスタンダード』からは遠く離れたところで一人相撲を取りながら、諸外国からは冷ややかな目でも見られている。

 

 

『地毛証明書』の存在は、とても恥ずべきものなのです。

  

  

  

コダモン

  

  

参照記事出典:

・http://toyokeizai.net/articles/-/172247(「地毛証明書」で暴かれたニッポンの本性, 20`17年5月19日時点)