ハーフが「カイシャ」に就職してみた_第2話

ハーフが「カイシャ」に入る前の話。ドイツの大学に行く決意をしてみた。

ドイツに行ったワケ

 

 

コダモンです。

 

 

ハーフであるコダモンが、日本のカイシャに就職してみた話。

 

 

第2話は、欧州で大学に通う為に渡欧した経緯です。

 

(第1話はコチラ)

  

 

当時のコダモンについて。

 

 

ドイツハーフが、どんな高校生だったかというと……。

 

 

ごく一般的な、偏差値なども並程度の高校に通っていました。

 

 

部活にも精を出しながら。当時は、土日も足繁く学校に通って汗水流してましたね。

 

 

成績は中の上。勉強は頑張ってた方かな? まぁ、校内の評判も悪くはなかった。

 

 

そう……。

 

 

「ハーフであること」以外は普通に高校生をしてた

 

  

生まれ育った環境が日本の田舎だったことは、前回お伝えしたとおり。

 

 

人口もせいぜい3万人くらいの町の、地元の高校に通っていました。

 

 

そんなハーフが、大学から単身ドイツへ。

 

 

「日本の大学へ行く」という選択肢は、高三の夏頃に「スパッ!」と捨てました。

 

 

ドイツ行きは楽しみでもあり、また不安もありました。

 

 

そして、18年間暮らしてきた環境とサヨナラ。生まれ育った日本からの旅立ちは、悲喜こもごもでした。

 

 

後ろ髪を引かれる要素は、たくさんありましたね……。

 

 

幼馴染や親友との別れ

 

 

住み慣れた町と日本という国との別れ

 

 

常に支えてくれた家族との別れ

 

 

……。

 

 

本当に「別れ」尽くしで、当時はたくさん泣けました。

 

 

初めての独り立ちに、くじけそうになる事も多々ありましたね……。

 

 

行き先が海外だったということもあり、単純に不安が多かったのです。

 

 

それでも……。

 

 

「絶対に行こう」と決めていた海外

 

 

そのモチベーションは、たくさんの要素が合わさったものでした。

 

 

「日本以外を知る」ことの大切さ

 

 

日本ではなく、ドイツで大学に通う理由。

 

 

それは、「憧れ」のような単純な理由ではありませんでした。

 

 

ハーフとして、もう1つの母国であるドイツのことは、よく知っていました。家庭の中で得られるドイツ情報も多く、当時は「ドイツで大学に通う事のメリット」をたくさん聞かされていたのです。

 

 

単身ドイツへ渡ることを決めたコダモン。

 

 

その理由の中身を大きく分けると、次の2通りがありました。

 

 

経済的理由

 

 

そして……。

 

 

自分のルーツによる理由

 

 

これです。

 

 

この2つの理由だけで「ドイツに行きたい!」と決めました。

 

 

……。

 

 

 

まず最初に、「経済的理由」。

 

 

コレはもう、読んで字のごとくです。

 

 

欧州の大学は、日本の大学に比べて「安い」のです。

 

 

というか、そもそもコレが1番のモチベーションだったかも(笑)

 

 

学費や居住費など。

 

 

どれも日本とは比較にならないくらい安価

  

 

ドイツの大学の1年間は、前期と後期からなっていたのですが……

 

 

1学期の学費がなんと500ユーロ未満

 

 

日本円に換算すると、だいたい6万円前後。

 

 

半年の学費の合計が、たったの6万円です。(教材費含まず)

 

 

しかも、この6万円……。

 

 

バスや電車が載り放題の費用込み

 

 

要は、交通費込み。

 

 

コレが嘘のような本当の話なのですが……。

 

 

学費にも含まれている、学生証。その証明書が、チケットというか公共の交通手段の定期券代わりになるんです。

 

 

毎学期の更新と学費の振込みよってこの学生証も更新され、自動的に"学生料金"で公共交通機関の利用が可能になるのです。(もちろん、自分の大学があるエリアに限られた話)

 

 

日本との差は歴然です。

 

 

そして……。

 

 

入学費もゼロ

 

 

入学料金だけで数十万円が飛んでいく日本とは大違い。

 

 

その余剰分を、教材費やその他雑費にあてがうことができた。これは、一人暮らしを始める身としては、とても大きな恩恵です。

 

 

しかも、当時は運良く学生寮に住めていたので……。

 

 

たしか、その費用がだいたい200ユーロ(2万5000円)くらい。

 

 

一人部屋で、しっかりシャワーと台所が付いた部屋で、この値段です。

 

 

……。

 

 

という諸々の要素が、「経済的理由」です。ドイツの大学への進学は、単純に安上がりだった。

 

 

次に、2つ目。「自分のルーツによる理由」です。

 

 

もちろん、こっちの理由がメインです! (笑)

 

 

幼少期からハーフとして2つの文化の中で育ってきたため、「日本と違う」という事に関しては、常日頃からとても敏感でした。

 

 

帰省した先が「外国」だったり、日本にいながらにして「外国人」だったり。

 

 

「自分は周りと違う」という根本的な部分。

 

 

そしてそれが……。

 

  

「海外を知りたい」というモチベーションにつながりました

 

 

同時に、「日本以外を知る」という事の必要性を、常々感じていたのです。

 

 

正直なところを言うと、当時の自分は……。

  

 

日本の大学にはネガティブな印象しか無かった

  

 

なぜでしょうね。

 

 

イメージだけが先行していたかもしれませんが、日本の大学で「学んでいる」自分が全く想像できなかったです。

 

 

ここでいう「学び」とは、グローバルコミュニケーションを含めた海外への理解度と、将来的にビジネスにつなげることのできるスキル。

 

 

日本の大学の講義に対しては、高校の英語の授業の延長のようなイメージしか沸かず、なんとなく最初からアテにしていませんでした。  

 

 

もちろん素晴らしい大学も多いのでしょうが、生半可な「海外スキル」を身につける気はなかったので。直接海外に行くのが手っ取り早いと判断しました。

 

 

かなり単純ですけどね……。

 

 

そのため、高校の途中から「海外」の二文字が頭に浮かんでいたのです。

 

 

「日本以外を知る」ことの大切さ

 

 

ハーフという自分のルーツとバックグランドが、この重要性を身にしみて理解させていてくれました。

 

 

なにはともあれ……。

 

 

もう一つの母国、ドイツの大学へ通うことを決めたのです。

 

 


欧州の大学から全てが始まった

 

 

“ハーフが「カイシャ」に就職してみた“

 

 

このブログのテーマにもなっていますが、欧州の大学卒業後に、日本のカイシャに就職しました。

 

 

そのお話はまだちょっと先になりますが……。

 

 

結論から言うと:

 

 

欧州の大学に通った経験はカイシャで非常に役に立ちました

 

 

周りとの明確な差別化になった「語学スキル」

 

 

8年以上に及ぶ「海外経験」

 

 

そのどれを取っても、カイシャには、自分と同じようなバックグラウンドの人材はいなかったです。

 

 

そして、社内を見渡しても……

 

 

グローバルコミュニケーションができる人は皆無

 

 

でした。

 

 

一部上場の大手企業だったのに……。

 

 

英語が堪能な人は、まぁそれなりにいました。

 

 

ですが、それとコレとはまた違うんですよね。

 

 

その国の文化や常識を汲み取ってコミュニケーションが取れること

 

 

これが強み。

 

 

そして、それらをもたらしてくれたのが、海外での大学生活でした。

 

 

ボンヤリと、「海外に行きたい!」とイメージ先行で渡欧したコダモン。

 

 

ですが、海外に飛び込んだ決断は、今でこそ「正しかった」と断言できます。

 

 

そして、今度こそ……。

 

 

「いざ海外へ!!」

 

 

コダモンのストーリーは、まだまだ続きます。