「カイシャへの入社」に感じる哀愁

毎朝電車に揺られて、苦悶の表情で出勤していくサラリーマン。その予備軍へとなるための「カイシャへの入社」に感じる哀愁。

「カイシャ」への入社は人生の終着点?

 

みなさん、こんにちは。 

コダモンです。 

 

突然ですが、カイシャに入社したときの事って覚えていますか?

  

今年も4月1日に、日本全国のカイシャで新入社員が一斉入社しましたね。

 

そこから既に2週間が経ちました。 

 

この人生の転機に、新卒の方々は皆何かを思いながら入社した事でしょう。

 

  

引越しを済ませ、新しい生活のスタートと共に胸躍らせる人。 

 

  

大学という学びの世界から、責任とアウトプットを求められる世界に期待を抱く人。 

 

 

思い思いの気持ちでの入社だっただろうと想像します。

 

ちなみにわたくしコダモンは、中途採用ながら新卒と同じタイミングでの入社でした。

 

当時は、不安と期待が入り混じった気持ちだったのを覚えています。

 

なにせ、10年近くも海外で過ごしていたので…

 

でも、それも既に4年半年近く前の話。

 

日本のカイシャで経験した上で振り返ってみると、

 

 

ポジティブなことを書けないのが現状。

 

 

日本のカイシャという組織へ属することに対しては、ネガティブが先行します。

 

コレ、何ででしょうね?

 

正直なところ、カイシャへの入社には「哀愁」しか感じません。

 

 

日本に帰国しての入社を迷った過去

 

 

コダモンが中途採用でカイシャに入社したのは、およそ4年前。

 

それまでは、欧州の大学に通いながら海外に10年近く住んでいました。

 

楽しかった大学生活。

 

在学中に実務経験を積んだり。

 

アジア含め、欧州以外の海外でも2年以上過ごしたり。

 

 

とにかくグローバルな環境で楽しく過ごしていた期間でした。

 

 

そこから一転、急遽「就職活動」をすることに。

 

 

その後日本へ帰国し、

 

およそ10年ぶりの日本での長期滞在と共に、カイシャ生活がスタートしました。 

 

自分で決めたことながら、当時の胸の内はとても複雑でしたね。

 

 

なにせ、「日本のカイシャ」に入社するのです。

 

 

海外にも「ストレス大国」という名をとどろかせるほどの国での就職。

 

日本で生まれ育った身ながら、戦々恐々でした。

 

欧州の色に染まりきった自分が、果たしてやっていけるのだろうか…??

 

 

新卒の新入社員が同期になる

 

 

入社当時、前述の通り中途ながら新卒達と一緒に入社しました。

 

社員数も、世界で数万人規模の大手企業。

 

新入社員の数も、かなり多かったのを覚えています。

 

そしてそのまま、カイシャ側のはからいで「新入社員研修」なるものに1ヶ月ほど参加しました。

 

 

そう、新卒の新入社員たちが同期になったのです。

 

 

周りはどの顔も大学を出たばかりでキラキラした面持ち。

 

 

着慣れないスーツに身を包み、ちょっと居心地悪そうにしている人も。

 

 

中には、大学のノリが抜けていないようなお調子者も。

 

 

とにかく皆明るく元気に研修を受けていました。

 

その1ヶ月後、中途採用だったコダモンは、決まっていた部署へ配属となりました。

 

他の同期たちは、別の新入社員研修が続くため、ここでお別れ。

 

 

「また研修後に会いましょう!」

 

 

などと言葉を交わしながら、同期とは一旦お別れとなりました。

 

ただ、その後は業務も忙しくなり、次に彼らと会ったのはその数ヵ月後。

 

 

そして、数ヵ月後に再開した同期を見て衝撃を受けたのです。

 

 

入社わずか数ヶ月で「サラリーマン」の出来上がり

 

 

研修が終わり、それぞれ配属先へと旅立っていた同期たち。

 

あんなに活発だった彼らが、皆一様に「元気が無い」のです。 

  

顔は笑っていても、どこかぎこちない。

 

みんな何か疲れているようでした。

 

ついこの間まで大学生で、イキイキしていた同期たち。

 

彼らから気力を奪っていたのは、

 

 

「残業」「上司」「付き合い」

 

 

そう、

 

「カイシャ」という組織と、そこでの人間関係に焦燥しきっていたのです。

  

さっそく休日出勤に駆り出されたり。

 

「育成」の名の下に理不尽な扱いを受けていたり。

 

上司と全くうまくいかなかったり。

 

 

「カイシャ生活が楽しい!!」と言う人は皆無でした

 

 

その後も、見る見るうちに元気が無くなる同期たち。

 

入社して数ヶ月の周りの同期たちの豹変ぶりに、

 

「サラリーマンの出来上がり」をまざまざと見せ付けられたのです。

 

 

どこに目を向けても、疲れ切っているサラリーマン

 

 

給料という代償がある内は、

 

企業の中でアウトプットを求められて当然です。 

  

ただ、日本のカイシャはそこだけに留まらないのが問題:

 

 

定時で帰れない職場環境とカイシャの慣例

 

 

プライベートにも支障が出る社内の付き合い

 

 

などなど…

 

その積み重ねが、心身ともに疲労させます。

 

毎日のカイシャへの出勤がイヤになり、

 

疲れきった表情で電車に揺られながらカイシャに向かうサラリーマン達。

 

その予備軍が就活生なのですが、

 

彼らはカイシャという組織に取り込まれ、

 

右も左もわからないまま、

 

 

時にはブラックとも呼ばれる劣悪な環境でたたき上げられます。

 

 

そして、

 

 

「サラリーマン」の烙印をしっかり押される

 

 

「社会人になったのだ」と言われればそれまでですが、

 

例外なく元気がない同期たちを見ていると、何かが確実におかしいのは一目瞭然です。

 

 

苦痛を感じながら社会人を続けるのが美徳でしょうか?

 

 

リクルートスーツに身を包みながら頑張って就職活動をしているのを見ると、悲しくさえなってきます。

 

「カイシャへの入社」には、哀愁しか感じられません。

 

 

典型的なサラリーマンは日本だけの産物?

 

 

プライベートや、自身の健康までも犠牲にしている日本のサラリーマン。

 

日本では「普通」でも、

 

 

海外では決して「スタンダード」ではありません

 

  

欧州では新卒でも中途入社でも、

 

個人がそれぞれカイシャと「契約」を勝ち取ります。 

    

各々がその契約内容をしっかりと吟味・調整し、仕事の内容が明確にされている欧米。 

  

彼らは基本的に、

 

 

労働契約にあるJob Discription以上の仕事もそれ以下の仕事もしません

 

  

日本のカイシャのように、「みなし残業代含む」などという契約は、そもそも成立しないでしょうね。

 

たまの残業以外は、週40時間の仕事だけをキッチリこなし、

 

残りの時間はプライベートの充実に全力を注ぐ欧米人。 

  

オフィスに残る時間も、もちろん最短。

 

なぜ同じ先進国でこうも違ってくるのか、不思議でなりません

 

 

 

 

日々プライベートを削っていく日本のサラリーマン。

 

残業がそのまま評価につながるようなヒドい環境の中、

 

社会人の色に染まっていく日本の新卒者たち。 

  

そして、日本のカイシャへの入社を考えた時に感じる「哀愁」。

 

 胸を張って「カイシャ生活は充実している!」と言える大人がいないうちは、

 

この先も「カイシャへの入社」には、悲壮感が漂います。

 

コダモン